最近はものをためこまない、余計なものを捨てて人生をすっきりと生きるそういった考え方をする人が増えてきたように思います。私自身も部屋にあったものを思い切っていろいろと捨てました。一番多かったのが本でその次が洋服です。自分でも知らないうちにものすごくたくさんのいらないものを抱えていることに気付きました。洋服はとにかくもう好きなのでたくさん買っていましたね。でも買ってもほとんど着なかった洋服もたくさんありました。今から思うと以前の私はコーディネートのこととかはあまり考えず、とにかくお店でいいなと思う洋服があるとなにも考えず即買っていたように思います。買って帰ってもあわせるものがなくて結局そのまま放ってあったり。コーディネートのことを考えてもう少しよく考えるべきだったと今さらながら思います。そんなこともあって今は洋服の数も減ったので最近はようやくコーディネートのことを考えながら洋服を選ぶようになってきました。今持っている洋服とちゃんとあわせられるかどうかすごく考えて買うようになってきました。限られてもので生活をしようとこころがけるようになるととにかくよく考えますね。本当に必要なものかそうでないかそう考えると以前はいかに必要のないものを買っていたかとてもよくわかります。洋服のデザインも最近はシンプルなものを選ぶことが多くなりました。以前はけっこうデザインの面白いものとか、凝ったものを買っていたのですがそういうものはあまりほしいと思わなくなりました。これからもシンプルをこころがけたいです。
友人がさぞ満足げな格好をしてやってきた。なんとも色合いのバランスが合っていないように見えたのだが、本人はとても満足しているようである。他の友人とも、そのファッションについてお酒を飲みながら話をしたのであるが、やはり全員一致の意見であった。そのうち、一人が「コーディネートしてみよう」という話をし始めた。お酒も入っていたせいか、みんなで盛り上がり、今度遊びに行くときに、ついでに服も買おうということになった。彼のセンスというか、ファッションというかなんともダボダボしており、暗いのだ。
私の妹は若い頃から、服のセンスがよいとよく周囲の人々からほめられていた。妹はほっそりとスタイルがよかったので服の見栄えもよかった。それはいまでもかわっていない。同じ親から生まれたのにどうしてと思うほど、性格も好みも違っていた。私は外で遊ぶのが好きで、近所の男の子達と泥遊びしたり、原っぱを駆け回ったり、隠れ家を作ったりするのが好きだった。妹は家で静かに本を読んだり、ピアノをひいたりして過ごすのが好きだった。そしてもうひとつ妹が好きだったのはお人形遊びだった。お人形の服を着せ替えて遊ぶのが大好きだった。
コーディネートというのは組み合わせを考えたり、演出したり、アレンジしたりということを意味します。洋服をコーディネイトしたり、部屋のインテリアをコーディネートしたり、結婚式の流れをコーディネートしたり。色々な場面でコーディネートという言葉は使用されます。またそれを職業にしている、コーティネイターと呼ばれる人もいます。余談ですが、このコーディネイターという仕事は物に対してだけでなく、人を対象にコーディネートする場合もあります。就職する会社を紹介する仕事をしている人もコーディネイターと呼ばれて企業と働きたい人の組み合わせを紹介して結びつけたりしてくれます。
コーディネートは何通りものバリエーションがあって、ひとつに絞るのは本当に難しいものですね。基本的には年代が近いテレビの俳優やタレントを参考にしますが、やはりどうもしっくりこないのです。それは、第一に自分と体型が違うことです。テレビに出演するだけあって、ファッションやアクセサリー類は最低限洗練されています。当然、コーディネーターもつくわけですからね。自分との比較をする前に自分自身を客観的に見ることが大切でしょう。思った以上にショックを受けるのが自分の体型ですね。
私は子供のころから、オシャレのセンスがまったくないと言われてきました。子供の頃からなぜか他の女の子達とは違い、髪の毛にリボンを巻いたり、かわいらしい服をうまくコーディネートして着たりということがとても苦手でした。小学校のクラスメイトの中には毎日がファッションショーのような子もいて、そんな子になんとなく嫌気がさしていたのかもしれませんし、あるいはもともと男の子のような女の子だっただけかもしれません。子供の頃はそれでも良かったのですが、中学、高校と成長していくとオシャレ上手な友人たちとの差がどんどん開いてしまいました。